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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)9427号 判決 1958年10月03日

原告 木村和子

被告 大森美観街協同組合 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告協同組合は原告に対し、東京都大田区新井宿二丁目一四七八番地所在一、木造瓦葺二階建一棟建坪二十一坪四合二階二十一坪四合のうち家屋番号同町一四七八番六一、木造瓦葺二階建事務所兼居宅二階二十一坪四合のうち表道路に面した向つて右側の室建坪六坪七合五勺及び左側の室建坪五坪八合五勺を明渡し、且昭和三十二年十一月一日より右明渡済みに至るまで一箇月金一万七千円の割合による金員を支払え。

被告スチール工業株式会社は原告に対し、右建物の向つて左側建坪五坪八合七勺の部分を明渡せ。訴訟費用は被告等の負担とするとの判決に仮執行の宣言を求め、

請求原因として、

一、原告は昭和二十八年二月十五日被告協同組合に対し前記建物中向つて右側建坪六坪七合五勺(以下右室と略称す)を賃料一箇月金一万円で賃貸し、さらに昭和三十年五月九日右建物中向つて左側建坪八合五勺(以下左室と略称す)賃料一箇月金七千円で賃貸し、右夫々の建物について賃貸期間は五箇年賃借人は賃貸人の承諾なしに賃借物の全部又は一部を転貸し或は賃借権を譲渡しないこと、これに違反したときは催告なしに本契約を解除せられても異議のないことなどの約定をした。

二、しかるに被告協同組合は前約旨に反し昭和三十二年六月被告東京スチールに対し、前記の左室を原告に無断で転貸し同被告をしてここを使用占有せしめた。この事実は原告において同年十一月始めて知り得たので、同月十二日被告協同組合に対し前約旨に従い内容証明郵便を以て本件賃貸借契約を解除する旨を通告し、これは同月十三日同組合に到達された。

三、従つて、被告協同組合は、右の日以降法律上の原因なく本件建物左右両室を使用し、また他の被告は当初より原告に対抗し得る権限なくして左室を占有し、原告の所有権の行使を制限しているよつて被告等に対しその占有部分の明渡と共に被告協同組合に対し解除後の昭和三十二年十一月分より明渡済まで一箇月金一万七千円の賃料相当の損害金の支払を求めるべく本訴に及ぶと述べた。

立証として甲第一号証第二号証の一、二第三乃至第八号証を提出し証人難波コムメ同難波毅同難波賢四郎の各証言を援用し、乙号各証の成立を認めると述べた。

被告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求め答弁として原告請求原因事実中第一項全部第二項中、かつて被告スチール工業が左室を占有していたこと、被告協同組合が原告主張の日その主張のような解除の意思表示を受領したことは認めるが、その他はすべて否認する。

被告協同組合は昭和二十八年二月原告より権利金十五万円敷金十三万円を以て右室を借り受けたが、当時原告が他に賃貸していた左室も空いたので、昭和三十年五月新たに権利金六万円、敷金五万円を支払つてこれを借用し、両室につき同一契約書を作成して現在に至つたものである。被告協同組合はその附帯事業として昭和三十一年五月ごろ旅行の斡旋、月掛拠金による団体旅行の世話などを目的として株式会社東京文化観光協会を設定し原告の許可を得て本件左室を、その本社としたが昭和三十二年九月頃から休業状態となつた。被告会社は昭和三十二年六月設定されその発起人の一人である訴外岩崎元二郎は、被告協同組合の経理を担当しおり、同人の依頼で一時左室の使用をはかるべく、被告組合において原告よりこれが承諾を得た。その後前記観光協会は事業を停止したので、被告協同組合は、その附帯事業として被告会社を共同経営するに至り、被告協同組合において左右両室の賃料を支払い原告方も別に異議なく受領していた。仮りに被告会社の使用につき原告の明示の承諾がなかつたとしても、暗黙の承諾があつたことは前記のように原告方では被告会社が本件左室を使用することを知りながら異議なく被告協同組合よりの賃料を受領していたことからも明かである。しかも被告会社の居ることを知りながら半年間も賃料を領収していたので今さら無断転貸というのは何らかの他意あるものと思われる、しかも被告会社の事業は、原告の申入れがあつたのち停止し現在本件左室を使用していない事情にあると述べ、

立証として乙第一乃至第三号証を提出し証人小山俊雄の証言と被告協同組合代表者松坂哲明本人尋問の結果を援用し甲第一乃至第六号証の成立を認め同第七第八号証が、昭和三十二年十一月十五日当時の現場の写真であることを認めると述べた。

理由

本件建物は原告の所有であること、被告協同組合が原告主張の日に順次それぞれ右室と左室とをその主張のような賃貸条件で借用したこと、被告協同組合が原告主張の日に原告より無断転貸を理由として本件賃貸借契約解除の意思表示を受けたことは当事者間に争いがない。

よつて右解除の効力について検討する。成立に争いのない甲第一第三号証乙第一乃至第三号証、現場の写真であることに争いのない甲第七、第八号証に証人難波コムメ同小山俊雄の各証言被告協同組合代表者本人尋問の結果を綜合すると次の事実が認められる。すなわち被告協同組合は中小企業等協同組合法に基く東京都大田区内組合員の取扱品についての商品券又は通帳(購売切符)の発行などを目的とする法人でありその事務所として本件右室を権利金十五万円敷金十三万円を以て賃借したが、同一建物にして右室に隣接している本件左室がたまたま空いたのでこれを権利金六万円敷金五万円を支払つて借用した。被告協同組合は手元資金獲得の意味で附帯事業として旅行の斡旋月掛拠金による団体旅行の世話などを目的とする株式会社東京文化観光協会を設立して原告の承認を得て本件左室を使用せしめたが昭和三十二年九月頃から休業状態となり、これまた被告協同組合の附帯事業として被告東京スチール工業株式会社を設立し被告協同組合と共に無償でこの左室を使用するに至つたこと、被告株式会社は被告協同組合経理担当の岩崎元二郎も設立発起人の一人となり設立後は監査役に就任し被告協同組合代表者や事務局長の小山俊雄もまたその後取締役の一員となつていること、被告協同組合賃借部屋の階下は原告の弟訴外難波毅の経営に係る喫茶店「レダ」の店舗箇所であるがその向つて左に隣接し本件部屋に通ずる階段の入口には一見明瞭に被告株式会社名義の名札の掲げあること、原告の実母訴外難波コムメは原告に代り被告協同組合方へ家賃を取立に来ていたこと、右コムメと原告は本件賃借の部屋の裏手一間程離れた処に居住していること、前記難波コムメはその実子難波毅に注意されて被告株式会社の前記名札の掲げあるのを昭和三十二年九月頃知つたと当公廷で陳述しているが、同年九月分十月分の家賃を異議なく受領していたこと、以上の各事実を認めることができる。右認定に反する証人難波コムメ同難波毅、同難波賢四郎の各証言部分は採用せず他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

してみると被告会社は被告協同組合と密接な関係があることを認め得るのであるが、独立の法人格を有し、独立の名札を本件建物に掲示し(いわゆる占有名義の独立)おるので他に特段の事情が認められない限り被告会社の左室の使用はその独立の占有にあるものというべく、被告会社が被告協同組合に賃料の支払がないことや、また被告協同組合もまた事実上これを使用することがあつても、被告会社の独立の占有を否定し去ることはできない。従つて被告組合と被告会社との間には転貸関係の存するものというべきである。

次に被告等は本件転貸につき賃貸人の口頭による承諾があつた旨抗争するがこの点に関する証人小山俊雄の証言被告組合代表者本人尋問の結果は証人難波コムメ同難波毅同難波賢四郎の各証言に比照したやすく信用することはできないし、他にこのことを確認するに足る証拠はない。もつとも前記難波コムメにおいて被告会社が左室を使用し居るを知りながら家賃を異議なく領収していたことは前認定の通りであるが被告会社から直接家賃を異議なく受領したとするならばともかく本来の賃借人から、その名義において賃料を領収したような場合において直ちに転貸につき黙示の承認があつたものとして賃貸人の意思を推測するのは困難である。証人難波毅の証言によつて認められるように、賃貸人が無断転貸を知つた場合にこれが対策を講ずるためしばらくそのままの状態におくこともあり得るし、また賃料の領収によつてかような意思の推定を受くべきものとすれば賃貸人において従来の賃借人からの賃料の受領を拒むべきことを実質上強制されるという不当な結果を来すおそれがあるからである。

本件においては明示にせよ黙示にせよ右転貸につき賃貸人の承認があつたとの事実を認めることは出来ない。

本件契約には無断転貸のあつたときは賃貸契約の解除ができる旨の約束のあることは当事者間に争いのないところであるが、かような特約をした当事者の合理的意思を探求してみると、このような場合に賃貸人に解除権を肯定したゆえんのものは、賃借人の無断転貸行為によつて賃貸借における継続的信頼関係を破るような不信のものがあることが一応推定されかような賃借人に対して賃貸人が引続き賃貸借における賃貸人の義務を依然として受けさせるのが酷であると認められるが故であること、結局無断転貸の場合に解除権を認めた民法第六百十二条の法意と異なることなきものと解するのが妥当である。従つて形式上は無断転貸の行為があつたとしても、その行為にして客観的に考察して一般の賃貸人ならばその賃借人に対し将来不信不安を抱かないであろうと思われるような場合ならば、実質上解除権の行使は阻まれ、これを敢てするときは権利の濫用と称することができる。家屋明渡に関する約款は賃借人の住生活における生存権に直結するものであるから、借家法などの規定の趣旨から考察しても以上の如く解するのが妥当であると信ずる。

よつて本件の場合を考察するに、前認定のように被告組合は個人的営利の目的を有する団体ではないこと、被告組合が本件転貸以前に同一部屋である左室を訴外東京文化観光協会に転貸したときは原告より承諾を得たこと。被告会社も実質上被告組合の事業の手持資金を得る目的を以ていわば附帯事業を営むものであること、(このことは前記甲第三号証と乙第一号証を比較してみて認められるように当初被告会社の役員に加わつていなかつた被告会社代表者などが、いくばくもなくしてその取締役の列に加わつていること、本件紛争後事件を有利に導くべくこれ等の人達が新たに加わつたものとしても、かく直ちに加わり得たことについて被告組合と被告会社との関係が無縁のものとはいえないことも推測される)本件転貸については権利金とか高額の賃料の授受ありとの点については何等認むべきものなく、かえつて前記のように全く無償であつたこと、原告が被告組合に本件各室を賃貸するにあたり前認定のように相当の権利金敷金を領収していること、そして被告組合代表者本人尋問の結果によれば右代表者において被告会社は被告組合の附帯事業を営むものであるからこれに使用させても差支えないと信んじていたこと、及び本件解除の通告があつたので被告組合では被告会社を解散退去させ同会社は現在左室を使用していないことを認めることができる。

以上各事実から考察してみると賃借人の本件転貸行為には一般の賃貸人としたならば賃借人に対し将来の信頼関係に危惧の念を抱かしめるものではないと考えられるので、前記趣旨に基き本件解除権は始めから発生しないと見るべきか、発生したとしても事後の事情によりこれが行使を維持することは権利の濫用であると認定し得る。よつて右解除の有効なことを前提として明渡の請求ならびに損害金として賃料相当の金員の支払を求める原告の本訴請求は失当として棄却を免かれない。

訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決をする次第である。

(裁判官 柳川真佐夫)

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